地元で「内林厄神宮(うちばやしやくじんぐう)」と呼ばれて親しまれているお社です。毎年1月19日の厄神祭には、厄除けを願う多くの人がお参りします。かつては古墳の上に建っていたことが分かっている、珍しい神社でもあります。
境内の案内板によると、応永25年(1418年)に創建されたと伝わります。拝殿に掛かる由来の板にも「応永弐拾五年参月弐拾五日」とあり、約600年の歴史があるお社です。
同じ板には「厄神宮は八幡宮の神宮として古くより一月拾九日の大祭多くの参詣者で賑う」とあります。正式な名前は八幡神社(八幡宮)ですが、厄除けの「内林厄神宮」の名で広く知られています。
案内板によると、神社はもともと小高い丘の上にありました。府道を広げる工事のときに大量の鉄滓(てっさい、鉄を作るときに出るかす)が見つかり、調べたところ、古墳時代前期の前方後円墳「垣内古墳(かいちこふん)」であることが分かりました。
口丹波で最大級の古墳で、神社はその後円部(円い部分)の真上に建っていたそうです。今は古墳の跡地に記念碑が建てられています。
垣内古墳は全長82m、後円部の直径50mの前方後円墳で、4世紀後半に築かれたと考えられています。三角縁神獣鏡や鉄剣などの出土品は「京都府垣内古墳出土品」として国の重要文化財に指定され、南丹市立文化博物館にあります。今の神社前の交差点あたりが、前方部と後円部のつなぎ目にあたるそうです。
寛文6年(1666年)に建てられた石鳥居で、約350年前のものです。由来の板によると、園部藩主・小出吉親公が奉納しました。鳥居には民の平穏無事を祈る文が刻まれていると伝わりますが、今は文字がほとんど読めないそうです。
拝殿には、厄年参りを歌った「厄年まいり」という歌の額も掛かっています(作詞 野中堅正)。
朱の鳥居の奥の石標は、写真では一部しか読み取れず、何をお祀りしているかは確かめられませんでした。
看板には「大祭 毎年一月十九日」とあり、家内安全・厄歳・交通安全の祈願を受け付け、御守と福矢を授けていると書かれています。
| 名前 | 八幡神社(八幡宮)/通称 内林厄神宮 |
|---|---|
| 所在地 | 京都府南丹市園部町内林東田36 |
| 御祭神 | 応神天皇(八幡神)。参拝情報サイト「ホトカミ」による |
| 創建 | 応永25年(1418年)と伝わる(案内板) |
| 大祭 | 毎年1月19日(厄神祭) |
| ご利益 | 厄除け・家内安全・交通安全(看板による) |
| 駐車場 | 境内に駐車できます(ホトカミによる) |
| 御朱印 | なし。授与所が開くのは1月19日の大祭の日だけ(ホトカミによる) |
| 電車 | 最寄りはJR園部駅。駅からの道のりは未確認 |