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京都府南丹市園部町高屋 ・ 重要文化財

高屋の春日神社

平安初期の創建と伝わり、平清盛の進言で「桐の庄」18ヵ村の総社になったお社。檜皮葺の朱い本殿は室町時代初期の建物で、国の重要文化財です。

檜皮葺の屋根に朱塗りの柱の春日神社本殿を斜めから見たところ。手前に石の玉垣と重要文化財の看板
本殿(重要文化財)。反りのある檜皮葺の屋根を、朱の柱と組物が支えます

どんな神社?

山あいの田園にある、園部町高屋の春日神社。境内は静かで、石の鳥居をくぐると落ち葉の参道の先に舞殿、その奥に朱塗りの本殿が建っています。

お祀りしているのは、奈良の春日大社と同じ春日の四柱の神様です。もとは近くの蟠根寺(ばんこんじ)を守る神様としてお祀りされ、のちにこのあたり一帯の村々の総社になりました。

園部駅前の春日神社とは別のお社です。園部町には春日神社が複数あります。こちらは高屋(船岡駅の近く)の、重要文化財の本殿があるお社です。
苔むした石の明神鳥居。緑青の扁額に春日大明神とあり、しめ縄と紙垂が下がる。奥に舞殿
石の鳥居。緑青の扁額には「春日大明神」

御祭神

知恵・言葉の神天児屋根命あめのこやねのみこと天岩戸の前で祝詞を奏上した神様。藤原氏の祖神。
勝負・決断の神武甕槌命たけみかづちのみこと鹿島神宮の御祭神。国譲りで活躍した武の神様。
武運・守護の神経津主命ふつぬしのみこと香取神宮の御祭神。武甕槌命とともに国譲りに向かった神様。
女神比売神ひめがみ天児屋根命の妃神とされる女神様。

歴史

  1. 807年大同2年
    蟠根寺の守護神として春日大明神が建てられる
  2. 1152年仁平2年
    平清盛の進言で、桐の庄18ヵ村の総社として再建されたと伝わる
  3. 室町初期推定
    いまの本殿が建てられる(形式などから推定)
  4. 1538年天文7年
    この年の墨書がある「弁慶・牛若丸図」の絵馬が奉納される
  5. 1921年大正10年
    本殿が国の重要文化財に指定
  6. 1954年昭和29年
    本殿の修理工事の報告書が京都府から出される
本殿の正面。朱の柱に鈴緒としめ縄、格子戸
本殿正面。一間社流造(いっけんしゃながれづくり)
重要文化財 春日神社 火気厳禁と書かれた家形の看板と、奥の鳥居
入口の文化財看板と鳥居

本殿の見どころ

檜皮葺の屋根
ヒノキの皮を重ねた屋根に、瓦の棟と鬼瓦をのせています。正面の屋根が長く前に伸びる「流造」は、全国でいちばん多い神社建築の形です。
向拝柱の面取り
本殿の柱は丸柱、正面の向拝の柱は角柱。この角柱の角を大きく削った「面取り」が、室町時代らしい特徴です。
蟇股の彫刻
柱の間にある蟇股(かえるまた)の彫刻や、繋虹梁(つなぎこうりょう)、鬼瓦にも時代の特色がよく出ています。
扉の随身像
内陣の扉の内側に、束帯姿の随身(神様を守る役人)が左右に描かれています。扉を開いたとき、二人が向かい合うように描かれています。ふだんは見られません。
古い絵馬
「神馬図」や、天文7年(1538年)の墨書がある「弁慶・牛若丸図」の絵馬が伝わっています。
春日神社本殿(重要文化財)の案内板。由緒、正面図・断面図・平面図、絵馬と扉絵の写真
境内の案内板(園部ライオンズクラブ寄贈)。図面や絵馬の写真も載っています

社叢と小さな祠

本殿のまわりは木々に囲まれ、石積みの水路のそばに小さな祠がいくつも祀られています。落ち葉を踏みながら、ゆっくり一周してみてください。

境内社のお名前は、まだ確認できていません。

石積みの縁の向こうに木立と小さな祠。奥に朱の本殿が見える
社叢の中の祠。奥に朱の本殿が見えます

基本情報

名称春日神社(鳥居の扁額は「春日大明神」)
住所京都府南丹市園部町高屋宮ノ前1
アクセスJR山陰本線 船岡駅から徒歩約10分
本殿一間社流造・檜皮葺・瓦棟鬼瓦付/重要文化財(1921年指定)
例祭確認中
御朱印確認中
駐車場確認中